vol.13 竹野元貴さん(24) 【障がいはファッションだ!障がい者と社会の架け橋になりたいPerson@代表】


関西学院大学卒。大学時代からイベント企画団体の立ち上げや自ら講演会を主催するなど、精力的に活動されてきた。

現在は都内の大手機械メーカーで営業職として働くかたわら、Person@という団体を立ち上げ、講演会活動を中心に、障がい者活躍のための世の中作りを行っている。



*竹野さんのこれまで


◇目立ちたがり屋だった幼少期



—竹野さんはどんな幼少期を送られていたのですか?


とにかく目立ちたがり屋でした(笑)でも、障がいを持っているということからくる弱さや周りの人の視線、みんなと同じように行動できないことに対しての苛立ち…たくさん感じていました。

でも、それ以上に障がいが自分に価値をあたえてくれると感じる瞬間もたくさんあったんです。


—なるほど。というのも?


二つあって。

一つ目は小学校の運動会の際に出場したリレーでの出来事。

「アンカーとして走りたい!」という目立ちたがりな僕が伝えていた希望を汲んでくれたクラスメイトの前で、運動会本番を迎えたときのこと。

予想通り結果は、ビリっけつ。でも、一着でゴールを決めた子よりも

自分に向けられた歓声の方が大きかったんです。みんなが応援してくれるのは自分が障がいを持っているからだというのはわかっていたけれど

この時初めて、「障がいって武器になるんや!」って。自分が頑張ることで、多くの人に感動を与えることができるのかもしれないって、思ったんです。


そして二つ目は、小学校の頃からおばあちゃんに薦めてもらって挑戦していた朗読コンクールで中学一年生の時に優勝できたこと。

朗読をプロとして行っている人から学校の先生までが出場していた大会で

「あなたの朗読は生命を感じました」とまで言っていただいて。

この時自分が“伝えること”で何か役に立てるのかもしれない、と思うようになりました。

この時に感じた、「伝える」ということへの使命感が今なお続けている講演活動に影響を及ぼしているのかもしれません。


◇伝える、伝わる力を信じて進んだ大学時代




—講演会の活動は大学生になってから始められたんですか?


そうですね。

障がい者としての自分ができることをやろうと思って、Assistという団体を立ち上げました。障がい者施設での講演会活動から始まり、最終的にはイベントの企画・実行もするようになっていきました。


—印象に残っている講演会はありますか?


関西学院大学のミスキャンパスの方にオファーをもらって、千人近くいた観客の前で、自分の生き方や考え方について大観衆の前でプレゼンをしたことですね。あの時の景色は目をみはるものがありました。

伝えるって、伝わるってすごいなとつくづく思いましたね。


—千人!伝える、といえば竹野さんは塾講師として生徒に勉強の大切さを“伝えて”いらっしゃったとお聞きしました。


朗読コンクールでの優勝を皮切りにして、講演会の活動を始めたことで、“伝える”ということの意義や大切さを身を以て感じていました。

“伝える”ことで聞いてくれた人に何らかのきっかけを与えることができると感じていて、先生への憧れがすごくありました。

なのでなので、アルバイトの塾講師として勉強を教えて成績を上げることだけでなく、

生徒を人間としてどれだけ成長させてあげられるかを大事にしていました。


自分自身大学生になってから色んな人に会い、話をすることで視野が広がっていくことを身を持って経験していて

その中には、大学生になる前に知りたかったと思うようなことがたくさんあったんです。

なので自分が担当していた生徒に対して、伝えることで彼らにきっかけを与えられるように、毎回心がけて授業をしていました。

ここで得た学びは団体での活動に活かすこともできて。


—なるほど。団体ではどんなイベントをやられていたんですか?


メンバーから企画を募ってイベントを自分たちで作り上げるという活動だったので、毎回バリエーションに富んだイベントを開催してました。

中でも、恩田陸の小説、「夜のピクニック」をモチーフにして夜の公園でピクニックをしたときのことは忘れられません。その後みんなで海辺を歩いて日の出を見たなあ。


—素敵な企画ですね…私もやってみたいです(笑)竹野さんがイベント活動をしようと思ったきっかけはどのようなものだったんですか?


もともと目立ちたがりな性格で、人が好き、人と話すことが好き。というところからきているんでしょうね。

イベントを自分たちで企画して実行まで持っていくことは大変ではあったけど、一緒に頑張る仲間のことが本当に大好きで、しんどいことも乗り越えられたんです。

この時の経験をきっかけに自分はつくづく周りの“”が大事なのだなあということを感じましたね。

なので、就職先を選ぶ際には、一緒に働く“人”を大事にしていました。最終的に“人”がすごく素敵だった今の就職先を選びました。

最後の最後まで就職をするか起業するかというところは悩んだのですが。


◇点と点が繋がり、道が見え始めた



ー起業も考えていたのですね!どのような構想を持っていたのですか?


自分の大好きな仲間や尊敬する父親、と仕事がしたいという夢があるんです。

それから、学生時代の団体での活動をきっかけに、人を楽しませたいという気持ちが強く、人のために、社会のためになる事業をしたいなあと考えていました。ですが実際には

ゲームで例えてみると、学生のままのレベルだと、社会人としてうまく武器を使えるところまでなっていない状態


一度会社で働いてから、起業のために武器を揃えようと思ったんです。

目の前のことを着実にこなしていくことでいくつもの点ができる。その点が線になる時を信じて頑張ろうと思ったんです。


—実際に今、点が線に変わっていく瞬間を目の当たりにしているのではないですか?


そうですね。実は今勤務先で営業の仕事をするかたわら、person@という団体を立ち上げて活動しています。この活動を始めたきっかけは本当にひょんなことから。

社員さんとランチをしている際に、「学生時代にやっていた講演会の活動をしたい」という話をこぼしたら、

「じゃあやろうよ」って。

展開の早さに、言い出した自分がびっくりしてしまって(笑)

今はその団体で学生時代からの仲間も集め、計三人で活動しています。

活動内容としては、社会福祉団体などとコラボをした講演活動が中心。



最近では、目に見える障がいと、目には見えない障がいをテーマに、発達障害を抱える女性の方とのトークセッションを行い、お互いの考えや生き方、価値観について話合いました。

人生はゲームのレベル上げなんやなあ、と最近つくづく感じます。

自分のやりたい事が繋がり、少しずつ線の形になっている感覚がすごく嬉しいですね。



*竹野さんのこれから




—竹野さんのこれからの夢を教えてください


好きな仲間、家族とともに会社を作りたいですね。

事業内容はまだ決めてはいませんが、人のため、社会のためになる活動をして、ゆくゆくは世界中の人を幸せにできるような存在になりたいです。

個人的なレベルでは、障害者と社会の架け橋になりたいです。

まだ日本では「障害者はかわいそう」という考えがあるんだと思うんです。

でも当事者である自分、並びに他の障がいをお持ちの方からしてみると、自分がかわいそうだとは思っていない人が多いです。


逆に、障害者側の意識として「助けてもらって当たり前」という考えを持った方が多いような気もします。そうではなく、自分は社会に何ができるのか、貢献できるのかを考えることで、

障がいを持っている人も、持っていない人も、お互いを認め合える社会になれたらいいなと思いますね。

自分は障がいを武器だと思って生きています。

周りから、「竹野も頑張ってるから頑張ろう」と思われるような人になりたい。

そしてその思いを多くの人に伝えて、きっかけを提供したい。

そう思いますね。


*竹野さんの好きなもの



—好きな本


『竜馬がゆく』

時代小説はよく読むのですが、中でも坂本龍馬が好きですね。

龍馬が脱藩した日は僕の誕生日と同じなんです(笑)。

もともとは、大企業に入って着実に昇進していけばいいやって思っていましたが、それではダメだ!と思えたのはこの本のおかげ。

実は、龍馬は一人で輝かしい功績を残したわけではありませんでした。彼を成功に導いたのは、人を巻き込み、力を持って日本を動かす、彼の人間としての魅力

多くの人に慕われている様子がすごくかっこいいと思います。


『嫌われる勇気』

人からどう思われているんだろうと悩んだ時期もありました。

ですが、どう頑張っても、自分を嫌いな人は嫌いです。


「誰からも嫌われない人は、誰からも好かれない人だ。」


この本で出会った言葉です。

人目を気にしせずやりたいことをやろう、一つのやりたいことを貫こうと

思える本でした。


—好きな映画


『海賊と呼ばれた男』

出光の社長の半生を描いたものがたり。

この映画を見ると、やる気、情熱がたぎってきます!


—尊敬する人


1父親

父のように周りの人に慕われて、徳のある人間になりたいなと思います。


2本田圭佑

素直に、生き方がカッコいいなと。


3小泉進次郎

“伝える”というところを参考にしています。彼は言葉の力を誰よりも知っている人だと思いますね。彼の演説は時たま見に行きます。


—好きな言葉


「成功は約束されてないけど、成長は約束されている」


初めて親元を離れて東京に出るとき、父からこの言葉が書かれた手紙をもらったんです。


—人生を100点満点で点数化すると?


100点。生きてるだけで丸儲けや、と思いますよ。

ごはんを食べて。好きなことができて。

この環境に感謝しています。

「人間裸で生まれてきて、死ぬときパンツ一枚履いとったら勝ちや」

明石家さんまの名言にすべてが表れてます(笑)


—20歳の方に向けてメッセージをお願いします!


どうにかなるよ。悩みもあるだろうけど、どうにかなる。

失敗もオシャレやし、挑戦の数だけ磨かれていくと思う。どんどん挑戦し失敗していこう

あとは、人を大切にすること。学生時代に団体を立ち上げたときは周りの人に対し、雑に当たってしまうことがあったけど、

今社会人になって新しく事業を始めて、“人”の大切さが身にしみてわかる。

ぜひ、周りの人を大切にして豊かな20歳を歳を送ってほしいな。

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Crossroads 〜20歳の時、なにしてた?〜

20歳を思い切り楽しむ人たちへの道しるべ。憧れのあの人は20歳の時、どんなcrossroads(分岐点)を迎えたのだろう。 20歳の時、なにしてた?そんな質問を中心に、年齢•職業•性別を問わずバラエティ豊かな方々にお会いし、人生インタビューをしています。